あれから5年…(その2)

 3.11。

 今日は、日本にとっての転換点となった、「東日本大震災」および「東京電力福島第一原子力発電所事故」が発生してから5年となる、節目の日です。

 5年前の今頃、私は北海道旅行の真っ最中でした。しかも、「東日本大震災」が発生した時点では、私は宿泊地の札幌から少し離れた小樽に行き、真っ昼間からおたるワインを飲んでほどよく酔っ払ったところで、宿泊地・札幌に帰ろうとしていました。

 私が乗車した電車がおたるを発車する直前に、たまたま覗いていたTwitterで、フォロワーさんから「宮城県で震度7」と言われ、あの壊滅的な震災の発生を知ることとなりました。

 私の記憶が確かならば、そのとき小樽では地震らしき地震を感じませんでした。しかし、函館本線のダイヤが乱れ始めていました。

 札幌に着いてから、親や兄弟に電話を掛けても、いっこうにつながる気配はありません。結局、3.11発生後に最初に親や兄弟と連絡が付いたのは翌朝で、しかもau携帯電話での通話ができなかったため、当時たまたま所持していたソフトバンク回線のiPhoneを使って通話せざるを得ませんでした。

 旅行から帰ってからは、多くの人から「(3.11発生時点で)関東にいなくてよかったね」と言われる始末でした。3.11以降断続的に続いた余震にびくびくしていた私に対し、「本震はそんなものではなかった」と言う人すらいる始末。雲外猪田か悪い野田かよくわかりません。

 あれから今日で5年。奇しくも、今日も5年前の「3.11」と同じ金曜日です。

 あの日、私は北海道にいたために、本震も直接体験していないばかりか、帰宅難民の憂き目に遭うことも避けられました。当時私は埼玉県民でしたので、もしあのとき普通に都内で仕事をしていて帰宅難民になっていたら、何時間も掛けて池袋から志木を目指して歩かなければならなくなっていました。

 もし、今日、同じようなことが起きたとしたら、間違いなくパニックに陥るでしょうね。

 「備えあれば憂いなし」とは言いますが、備えを怠ってきたばかりか、2年半前に引っ越しを余儀なくされたことで、あらかじめ備えていたものまで崩壊してしまいました。

 しかし、どうも、現実世界を見渡すと、そんな私よりもどう考えても危機感が薄いとしか言えないような人も少なからずいます。5年という期間は、人々から災禍を忘れさせるには長すぎるのでしょうか? 震災も原発事故も「なかったこと」になっている人を見ると、他人事ながら不安になってきますね。

 今なお日本で生きる人であれば、2011年3月11日(金)に起きた出来事を、今一度振り返る必要があるのではないでしょうか?

 そして、あの日を境に、日本という国が、社会的、政治的、経済的、文化的にどう変わっていったのかについても。

 それらについて少し考えれば、決して現状を楽観視できないとは思います。

 まとまりがありませんがこの辺で。

参考記事
東日本大震災Wikipedia
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あれから5年…(その1)
深緑庭園 Back Number」に記録されている、東日本大震災前後におけるテルミナ™の行動記録 ( 2011年3月 9日 | 10日 | 11日 | 12日 | 13日 | 14日 )

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