Proposal and Personally

今朝ほど、Twitterにて、三宅雪子氏のご発言の中に気になったものがあり、リツイート致しました。

個人的には、他者の人格を非難する人の人格を問題視している三宅氏に同意するとともに、自分もそのようにならないように、自戒の意を込めてリツイートしたつもりでした。

その後、話の流れが意外な方向に展開してゆき、私もそちら方面の話について言及してみましたが、Twitterで書ききれなかったことを、ここに書いてみたいと思います。

と言いつつも、現時点ではまだ三宅氏が言及されている弁護士お二方の発言は確認できていないので、あくまで一般論として。

同じ人物でも、ネット上の人格と現実世界での人格が必ずしも一致しないということは、よくあることです。私も20年近くネットにどっぷり浸かっていますので、ネットと現実でまるっきり性格が変わるように見える人々は往々にして見かけます。

ところが、不思議なことに、ネット上で人格に難があると思った者のうち、現実にあったらまっとうな人間だったという試しがありません。逆に、ネット上で真人間に見えながら、現実ではとんでもない輩だったというケースなら、いくらでもあるのですが。

私もよく他人の悪口を言うので偉そうなことを言えたものではないのですが、ネット上で他者に対して不快感を与える人に対しては、現実世界や別の場所でどんなに繕っていても、その不快感こそが本性だと思って差し支えないです。特に、初見でいきなり敵意むき出しの人間に対しては、相手に対話の意思がないと見なさざるをえません。

私自身、その手の人間には何度もひどい目にあわされています。最悪のケースでは、私に対して、意見の相違があると見るや否や、有る事無い事散々言ってきた挙句、取り巻きまで動員して私をコミュニティから追放した者すらいます。事情を知らない人には人畜無害なように見えるのでしょうが、本心の薄汚さには目を疑いました。

なにも、不平不満を全く言わず、常にポジティブ発言だけしていろなどと言うつもりは、さらさらありません。むしろそんなことされたら、それはそれで気味が悪くなります。

ただ、私自身にも言えることですが、常に己の発言には意識を払うべきだとは思います。他者を不快にさせる言動は、相手だけが見ているわけではありません。うっかり一言失言しただけで、大事な交友関係を喪失することすらあるのです。少なくとも、ネット上のコミュニティは、敵を作る場ではありません。それを認識すれば、他者に不快感を与える発言も、おのずと減って行くのでは、と思います。そして、現実世界でも不快感を与えることが減るのでは、とも。

まとまりがありませんがこの辺で。

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