3.10、そして、3.11…

 本日、2015年3月10日は、第二次世界大戦末期に米軍によって行われた「東京大空襲」の発生から70年の節目となる日です。

 そして、明日・2015年3月11日は、東日本大震災および東京電力原発事故の発生から4年の節目となる日です。

 このような、あまりいいとは言えない意味での記念日が連続するということに対し、何らかの意味があるのではと勘ぐってしまうの、私だけでしょうか?

 東京大空襲、なにぶん70年前の話であり、当然私が生まれるよりも遙かに昔の出来事です。この空襲を直接体験した人はかなりのご高齢ということになり、存命の方は少ないとは思われますが、写真で見るだけでも、いかにすさまじい光景であるのかを見て取ることができます。

 翻って、東日本大震災。4年前なのでまだまだ記憶に新しい方が多いかと思いきや、どうも、震災や原発事故をなかったことにしたい人も、現実世界やネット上で散見されます。この手の話をすると鼻で笑うような者たちを見るたびに、いったいこの者たちは何を考えて生きているのだろうと思いたくなります。

 かくいう私は、直接的には「東日本大震災」を経験していません。たまたま運良く、4年前の3月11日、私は北海道旅行の真っ最中でした。ちなみに前々日の夕方に上野を出発する寝台特急「北斗星」で札幌入りしました。そう。4年前の今頃、私は北斗星の車内にいたんですね。そんな北斗星も、今週末のダイヤ改正で、廃止されてしまいます。

 閑話休題。東日本大震災については、今でも時々話のネタにすることがあります。そして、私が「震災当時北海道旅行の真っ最中だった」と言うたびに、関東にいなくて良かったねと言われます。震災後に頻発した余震にびくびくしていた私に対して、「本震はこんなものではなかった」と言う人もいました。

 自分などは本当に運良く本震を免れることができたのですが、実際に体験した人の何人もが、この世の終わりかと思ったのだそうです。また、特に太平洋沿岸では津波による死者・行方不明者も多発しました。その上、原発事故のため半永久的に立入禁止となってしまった地域もあり、復興もままならない状況です。これらの甚大な被害を直接的に受けた人々にとっては、「東日本大震災」はまさに現在進行形の事態なのです。ましてや、首都・東京にも放射能汚染を巻き起こした原発事故など、「なかったことにする」ことそのものに無理があります。

 70年前の「東京大空襲」、そして4年前の「東日本大震災」や原発事故から、私たちが学ばなければならないこと、多いはずです。そして、その内容は人によってまるっきり異なるものでしょう。

 「3.10」および「3.11」。どちらも、日本人が後世に語り継いでゆかなければならない、風化させてはならない日です…。

参考ページ @ Wikipedia
東京大空襲
東日本大震災
福島第一原子力発電所事故
参考記事
北海道旅行レポート・2011(0~1日目)深緑庭園 Back Number

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