学歴

今朝ほど、どういうわけか、Twitter上で学歴に関する話が展開されていました。

 話の流れはいくつかありましたが、自分自身も学歴に関連して、思うことをTwitterに投稿しました。

 そのうちのいくつかをピックアップしてみます。

 日本の場合、どういうわけか学歴が社会人になってからの当人の人生そのものを大きく左右する主たる要因になってしまっています。

 実際に私も、サラリーマン時代には、学歴によって待遇が異なる職場をいくつも経験していました。

 幸い、自分は大卒でしたので、その当時は高卒や専門学校卒の人より若干待遇はよかったようなのですが、どう考えても自分よりも能力がありそうな人が自分よりも待遇が悪いということに対する違和感も禁じ得ませんでしたね。

 実際に、高度な専門知識が要求される職種を別にすれば、学歴と職務遂行能力なんて必ずしも比例しません。学歴に関係なく、人生で成功を収める人もいれば、失敗する人もいます。

 私は一応国立大学出身ですけど、大学で学んだことはほとんど仕事に活かせていませんし、人生にも失敗しています。そもそも、高卒で社会に出ることが不安だというせこい理由で進学しましたし、大卒という肩書きほしさに、苦しみながら卒業まで大学に居座っていたようなものです。

 その一方で、世の中には中卒の人が会社を経営したり役員になったりというケースもあります。自分が昔勤務していた会社の取引先で、中卒の人が20代にして役員になっていましたが、その人は経営者一族であることを抜きにしても職務遂行能力が素晴らしく、経営者一族という人種にしては珍しく、社員からの人望も厚かったです。

 今の日本社会において、学歴による待遇の格差を撤廃してしまえば、それだけで日本人の大学進学率は大きく下がり、その代わり専門学校に行く人が増えるのではないかと思われます。目的意識が定まらないまま学生生活を過ごしている、かつての私のような大学生、多いのではないかと思われます。一方で、進学した大学では自己実現が無理だと判断して退学してしまったという人や、若いうちにしかできないことをしたい 1)大学で学ぶということは、別に歳をとってからでもできる という理由で休学を検討している人も、自分の知り合いの中にいたりします。

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 自分の学生生活を振り返ってみれば、一応友達はいましたけど、そのすべてに対し、遅くとも大学卒業のタイミングで完全に縁が切れてしまいましたし、当然ながらコネになるような人材(ぉぃ)にも恵まれませんでした。自分自身も「大卒」という肩書きがほしさに4年間居座っていたようなものですし、そこで学んだことも仕事に活かせていません。

 自分が大学に通っていてよかったと思えることは、まさに先述のように、高卒でいきなり社会に出ることが不安だった自分が社会に出るまで4年間(+α)の猶予を確保できたということと、職場での待遇が高卒や専門学校卒の人よりよかったということぐらいなのではと思っています。同窓会の類いにも一度も出席していませんので、大学卒業およびそれに関する手続きが終わった後は、自分は完全に出身大学とは縁が切れています。あと、学生時代時間に余裕があったので趣味の幅が広がったということはあるかも知れませんが、それは別に大学に通っていたからこそできたというわけでもありません。

 しかし世の中は不思議なもので、どう考えても私よりも優れている人、しかも、どう考えても私よりもすごい大学に通っている(いた)人でさえも、私が(一応)国立大学出身だというと「すごい」と言ってきたりします。もし仮に自分の出身大学がすごかったとしても、あなたの目の前に立っているテルミナ™という人間が全然すごくないことはわかるだろうにと思えますが、それだけに、学歴という評価基準に対し、自分は少なからず違和感を覚えています。

 一方で、実社会やネットなどで、どこにも必然性がないにもかかわらず、どう考えても自慢としか思えないような場面で、やたらと在籍(出身)大学や出身企業をアピールしてくる人がいたりします。当人にとってはそれで箔をつけたつもりなのかも知れませんが、自分としてはそのメッキをはがしたい衝動に駆られます。

 自分の場合、先述のような「学歴」という評価基準をあまり信用していないことや、自分自身お世辞にも一流とは言えないような大学にしか行けなかったことへの劣等感などもあり、学歴や職歴をやたらと自慢する人とは反射的に距離を置いてしまいます。Twitterではそのようなアカウントをなるべくフォローしないようにしています。

 そもそも、学歴や職歴をやたらと自慢したがる人って、「今の」当人にとってはそれがすべてなんでしょうかね? ほかに自慢できるものはないのでしょうか? だとしたら、私が学歴や職歴に劣等感を持っていることを抜きにしても、私にとってはそのような人々とつきあっても面白くありませんし、つきあうだけ時間と金の無駄です。

 そんなことなら、「今の」自分に自信を持てる人、「今の」自分を高めている人とおつきあいしたいです。私の知り合いの中に、どう考えても私よりも能力の優れた人やすごい学歴の持ち主の人もいたりしますが、私が好感を持っている人は総じて、自分の能力や学歴などを過大に自慢したりしていませんし、「今の」自分をありのままに見せようとしています。今の自分に自信を持てる人にとっては、学歴や職歴を無理にひけらかす必然性などどこにもないんですね。

 「学歴」そのものは、持ち主の人格を形成する一要素ではあります。しかし、その内容は千差万別ですし、私みたいに学歴と現状が乖離しまくっている人も世の中には多数存在します。日本人や日本社会は、そろそろ、人を評価するときに、主たる指標として「学歴」を持ち出すことをやめた方がよいのではと思いますが、いかがでしょうか?

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References   [ + ]

1.大学で学ぶということは、別に歳をとってからでもできる
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