金銭感覚

今朝、Twitterのタイムラインを読んでいたときに、とあるbotアカウントの発言がフォロワーさんによってリツイートされているのが目に入りました。

私個人はそのbotアカウントそのものに対してはブロックしているため、具体的な発言内容についてここでは紹介しませんが、趣旨としては、「お金を持っていない人は高額を払っているほうが偉いという感覚になってすぐにクレームをつける」などというものでした。

また、以前、先日バースデー・イベントを開き、本日お誕生日を迎えられた「秋葉原アニソンDJ BAR あるけみすと」スタッフのえりぃ嬢も、1年以上前にメイド喫茶がらみの問題を提起するときに同様のお話をされていました。

参考記事
お帰りくださいませ、ご主人様。深緑庭園 Back Number

個人的にもそれらのご意見には賛成。高額を支払っているから偉いという訳ではありませんし、そんな論理がまかり通ってしまうなら、世の中のサービス業の大半は崩壊すると思います。

とはいえ、逆に、売り手側の価格設定が本当に妥当なものなのかということも、考えなければならないでしょう。

私は先日、先述のえりぃ嬢のバースデー・イベントのレポート記事を書き上げるときに、余談として次のようなことを述べておりました。

今の秋葉原界隈のイベントでは、1回の参加で数千円から数万円するものも珍しくはないのですが、自分が見聞きしたり実際に参加したりしたイベントを見たところ、有料のイベントに限っていえば、参加費用とイベントの内容のクォリティが反比例しているのではとすら思っています。

(中略)

世のイベンター諸氏には、えりぃ嬢を見習って欲しいと思います。あなた方のイベントの価格設定は、内容に見合うものですか? お客様からお金を徴収する分 の楽しみを提供する自信が、あなた方にはありますか? 少なくとも、一度でも参加者から返金要求を受けたことのあるイベンターには、それがどんなにあなた にとって理不尽なものであったとしても、本件について熟考してもらいたいものです。

これは自分ももう何年も前から感じていることですが、特に昨年10月以降、強く感じるようになった問題です。

いくら「お金を払っているから偉いわけではない」とはいえ、お金を払う側としては、支払った金額に見合うだけの見返りが欲しいわけです。しかし、そちらへの考慮が欠落していて、単に運営側にとっての集金システムに成り下がっているだけのイベントがやたら乱立しているように思えます。

場所代や人件費などのコストがかかってある程度値段が跳ね上がるのは、まあ仕方ないと思います。しかし、客が求めているわけでもないサービスを無理矢理追加して高い金額を要求されても、(仮にそれが運営側にとって妥当と思える金額であったとしても)お金を支払う側としてはいい気はしないわけです。

自分は以前、とあるメイド喫茶で、特定の人物が絡んだ、参加費5千円のオフ会への参加を拒否した上で、同じ人物が絡む、オフ会参加費の6倍もする別のサービスには惜しげもなくお金を出したことがありますが、前者には千円分の価値も見いだせなかったのに対し、後者に対しては3万円分の価値があると判断しただけのことです。

また、先月末の長野旅行で、自分は当初、長野新幹線のグランクラスを利用するのは往路のみにしようと思いましたが、結局復路でも使ってしまいました。こちらについても、多少お金がかかってでもグランクラスを使いたいという気になったからです。

どんなにコストがかかっていようが、それがお金を支払う側にとって不要なものに対してはびた一文お金を出したくないわけです。その一方で、自分が求めているものとマッチするものに対しては、納得できる金額を支払いたい。

支払った金額に見合うだけのサービス」。これが常に適切に提供されるようになれば、サービス提供者側と利用者側の間の軋轢は減るのではなかろうかと思うのですけどね。

最近そのあたりの問題でぎくしゃくすることの多い自分に対する自戒も込めて。

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