「美しい」ということ

 今朝ほど、Twitterのタイムラインを眺めてたときに読んだとある発言に触発されて、自分はこんなことを考えてしまいました。

 「『美しい』とは何か」。

 私は女性と会うときに、相手の方の美しさを讃えることがよくあります。

 「美しい」という言葉は、お世辞として汎用的に使える便利な言葉であるようですけど、自分は、少なくともここ数年は、自分が本当に美しいと感じた相手にしか「美しい」と言わないことにしています。

「美しい」人の「美しさ」

 Twitterではごちゃごちゃと書きましたけど、お世辞で「美しい」という言葉を使ってもむなしいだけですので、自分が心から美しいと思える人に対してのみ、「美しい」と言うことにしています。

 もちろん、容姿の美しさもありますし、精神的な美しさもあります。

 しかし、私が心から美しいと思える人ほど、自らの容姿を誇示せず(「自分は美しくない」と明言する人すらいる)、それどころか他者の美しさを讃える傾向にあります。もちろん嫌味などではなく、その人の本心だと思われます。そして、相手のその発言を聞いて、自分はますます相手を美しいと思えてくるのです。

 一方で、容姿がいくらよくても、精神面に問題のある人物、いわゆる性格ブスに対しては、容姿の面も含めて「美しい」とは言わないように気をつけています。過去にその手の人物に不愉快な思いをさせられたことがあり、今後私はその手の人物には近づきたくもないし、近づいて欲しくもないからです。

 どうも私は、相手の容姿を褒め称えているつもりであっても、無意識のうちに相手の精神面の美しさに惹かれてしまう傾向にあるようです。

 残念ながら自分はいまだに恋愛とは無縁ですが、まだ許されるのであれば、お互いを理解し合い、高め合うことの出来る方を、生涯の伴侶にしたいと思っています。

 自分のこれまでの人生の中で、私のことを理解してくれる人はほとんどいませんでした。肉親ですら、完全には信頼できません。

 とはいえ、この数年で、ようやく私にも、私のことをある程度理解してくれようとしている人がいることに気づきました。そういった方々との人間関係は、今後も大事にしてゆきたいと思いますし、願わくば、そのような方と、今後の人生をともに歩んでゆければと思っています。

 以上、ひとりごとでした。

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