志木から離れるまであと一週間

 以前から申し上げておりますとおり、私は今月中旬に、やむを得ない事情で、埼玉県志木市にある現居住地から去らなければならなくなりました。

 そして、その日まであと1週間。

 今の部屋に引っ越してきてから3年弱ですが、その間、今のマンションのこの部屋にはすっかり愛着がわいてしまっているだけに、残念でなりません。

 当初予定では、来年予定している 1)その割にまだ移住先すら決まっていないけど… 海外移住のその日まで、今の部屋に住み続けるはずだったのですが、事情が事情であるだけに、致し方ありません。

 私は、親元を離れた13年前から、これまで一貫して埼玉県志木市に住み続けました。志木市内で2度引っ越しを経験しておりますが、約13年間も住み続けると、もはや「第二の故郷」と言ってしまってもいいくらいです。

 自分は親元から離れる13年前までは、ほぼずっと千葉県に住んでいました。その中でも一番長く住み続けた自治体は袖ケ浦市の15年間だったのですが、大学在学中の4年間のうちの、最後の1年を除く3年間は住民票を残したまま学生寮に入っていたため、実質的に延べ12年しか住んでいないことになります。それを考えると、自分もずいぶんと長い間志木に住み続けたんだなぁと思いますね。

 自分が志木に住むきっかけとなったのは、大学在学中、当時の実家(千葉県袖ケ浦市)と大学(現在のさいたま市)との往復で、志木駅を通り道にしていたことによります。当時はららぽーとやダイエーもあり、東武東上線も地下鉄有楽町線との直通運転を多数行っていたこともあり、魅力的な街と感じました。

 実際に私が親元を離れて志木市に住むようになったのは、大学卒業のさらに数年後からですが、大学在学中にはなかった丸井も出来、街に魅力が増したことや、自分の当時の収入を考えると、ワーク・ライフ・バランスを考える上で、志木駅周辺が最も自分にとって釣り合いがとれていたところであるという点で、志木に住むことを決めました。

 閑静な住宅街と言うこともあり、最初の数年間はおおむね満足でしたし、一昨年原発事故が起きる前までは、この街に骨をうずめてもいいとすら考えておりました。

 しかし、私が引っ越してきた後、ららぽーとが閉店し、駅前に出来た商業ビルには居酒屋が多く入って街の風紀も悪化し、さらに今年に入ってからは東上線のダイヤ改悪で地下鉄直通が大幅に削減され、ダイエーも閉店したことで、もはや自分にとって志木の街の魅力はなくなってしまいました。

 その点を考えると、今回引っ越しをせざるを得ない状況に追い込まれたことは、むしろ渡りに船とさえ言えます。

 とはいえ、どうせなら都心に引っ越そうと思ったまではよいものの、今住んでいる部屋よりも条件のよいところはなかなかなく、引っ越し先の選定は妥協に次ぐ妥協を重ねました。

 一応、2年を超えて住む気はないという前提で、今回都心部に引っ越すことにしましたが、今後の日本社会を取り巻く情勢がどのようになるのかがまるで見えてこないため 2)暗雲なら立ちこめているけど、その具体的な影響がまだまだ見えてこない 、今後どうなるのかはわかりません。

 とはいえ、ここまで来たら、もはやなるようにしかならないので、その中で自分にとって最良の人生を歩んでゆければと思います。

 志木の街、住みやすくてよいところだったんですけどね…。

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1.その割にまだ移住先すら決まっていないけど…
2.暗雲なら立ちこめているけど、その具体的な影響がまだまだ見えてこない
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